川越雑記帳2(川越見て歩き)

川越に関する本を通じて、小江戸川越のあれこれを紹介する「川越雑記帳(川越原人のHP)」を作成しています。

2008-08-01から1ヶ月間の記事一覧

22-8 熊野神社(2)

熊野神社には、参道の二つほかに三つの鳥居があった。 一つは、最初の鳥居の直ぐ右にある。鳥居の後ろには、木造の門のようなものがあった。 その後ろには小山があり、多くの石碑が立っていた。 中央上部の石碑の中央には、御嶽神社と彫られていた。 「散歩…

22-7 熊野神社

「烏頭坂の途中、左手の石段を登ったところに熊野神社がある。もとは、現在の市営住宅がある字南谷にあって長田寺でもっていたが、不幸な事件があったために、明治一九年稲荷神社のある現在地に合祀した。なお境内には、御嶽神社、疱瘡神社、神明社、諏訪社…

22-6 烏頭坂

「船津家の前を進むと、やや広い道になる。旧川越街道だ。この先、平行して走っているのが現在の川越街道である。旧道を左折。」 信号のある交差点が旧川越街道である。その直ぐ先に信号待ち車が並んでいたが、そっちが川越街道である。 交差点から坂を見上…

22-5 旧家船津家

鉄塔から先の斜面には樹木が並んでいた。 「散歩」の記述は、次のように続く。 「骨山に立つ鉄塔を左に見ながら進むと、この斜面を背にした立派な瓦葺の民家がある。旧家船津家である。豊臣秀吉らに仕えた先祖は、後に船津村(山梨県河口湖町)に住み船津と…

22-4 横穴古墳のある斜面

「急坂を下り、最初の四つ角を左折する。左手の林が続くところは城南中の南側斜面にあたるが、ここから工事のたびに人骨が発見され、横穴古墳の所在が確認された。これまで数回の報告があり、四三年東京電力の鉄塔建替工事のときに発見されたものには、長さ…

22-3 一騎坂

「学校の手前を右折し、今度はグランドに沿って左に曲がると、急坂になる。「一騎坂」といって、こんな話が伝わっている。」 正門から戻って、先ほどの角を左折する。塀に沿って進み、T字路を左折する。 その直ぐ先で右から来る道と合流し、右に曲がりなが…

22-2 城南中の花見

「散歩」では、この角を右折するが、そのまま校門の方へ行って見た。 北側のフェンス沿いに並んだ椿には花が咲き、その先の桜も満開であった。 さらに進み、校門の方へ行った。 門の所には人がいて、来る人を案内をしているように見えた。 左手の方に行くと…

22-1 川越のランドマークタワー

《22》一騎坂、烏頭坂の険しさに泣いた昔 「今回は岸町を歩く。川越駅西口から所沢への道を南進、五〇〇㍍で大通りを横断し、二〇〇㍍進んだところで左折する。」 この大通りとは国道16号である。その交差点から右前方を見ると、NTTの電波塔が建って…

44-15 堤防上の石仏

もとの道から左折して、入間川に向った。 堤防の斜面は一面の菜の花に覆われていた。 堤防沿いの道から上を見ると、散歩する人が通り過ぎる。 菜の花の間の道を通り、堤防に上がってみた。 堤防上の道を進むと、道沿いに何かあった。 近づいてみると、石柱に…

44-14 下老袋農民センター

「もとの道に戻り、五〇㍍ほど南下する。右側に「下老袋農民センター」がある。」 通りに面した掲示板の隣り、赤い屋根の下に庚申塔があった。 比較的新しいのか、浮き彫りがきれいに残っている。 青面金剛と邪鬼、その周囲の日月・にわとり、下部の三猿と必…

44-13 稲荷神社と馬頭観音

「さらに南下する。牛頭観世音を左折して曲りくねった道を行くと、稲荷神社と石塔がある。石塔は明治三三年、村内に疫病がはやったとき、中野平三郎、関根藤太郎などが世話人となって、疫病退散を願って建てたもの。」 「散歩」にある牛頭観世音がどこにある…

44-12 氷川神社(2)

「また、桜の花の下で行われる万作芝居も残っている。五穀豊穣を祝う芸能で、明治時代中期に川島町出丸中郷の者から習ってはじめられたのが最初だといわれる。伊勢音頭くずしなどの手踊り、笠松峠などの段者、芝居、茶番など豊富な内容をもっている。かつて…

44-11 氷川神社(1)

「その西側には、下老袋の氷川神社がある。一名軍明神ともいい、戦時中は、軍人や出征兵士の参詣人が多かった。本地仏は十一面観音を安置し、江戸時代までは玉泉寺が別当として管理していたが、明治初年の神仏分離で独立した。」 道の右側に石の鳥居があり、…

44-10 竹ぼうきの産地

「東本宿霊園まで戻り南下する。入間川の堤防沿いの東本宿は竹ぼうきの特産地である。護岸工事用に良質の竹が沢山植えてあった。幕末の頃から、この竹でほうきを作って売るようになり、明治年間には、一二―一三万本の生産高に達したという。根強い需要がある…

44-9 天神社

桜のY字路を右に入ると、川越上尾線に出る。 信号を渡り直ぐ右折して進む。やがて川越上尾線は右にカーブして入間川に向かう。 そちらには行かず直進すると、左手の畑の先に、屋敷林に並んで大きなき木が見えた。 「散歩」に書いてある欅の大木であろう。 …

44-8 古い川と桜

「その西、柳原橋の手前を右に入り五〇〇㍍ほど進むと欅の大木がそびえている。天神社である。」 天神社に向かうため、中老袋公民館を出て右折する。 100㍍も行かない所に橋があった。橋から川を見ると景観が一変した。 橋の左側は割と広く、両岸に樹木が繁…

44-7 中老袋公民館・薬師堂跡

「もとの道に戻り、堤防沿いの手前の道を右に入る。火の見櫓を過ぎ、東本宿霊園のある交差点を右に入ると、庚申塔の右手奥に、中老袋の公民館と共同墓地がある。」 もとの堤防沿いの道に戻り右折する。道は100㍍ほど先で堤防から離れる。 400㍍ほど行くと入…

44-6 植木学校跡

舟塚古墳跡の前の道は、左へ曲がっていた。 藪が終わると空き地があり、その右の奥に白い柱が二本立っていた。 正面に行って見ると、門柱のようだった。 その中は、舟塚古墳跡の藪から続いて、低い木と雑草に覆われていた。 門柱を入って直ぐ先の右側に小さ…

44-5 皆木家の墓

「その隣りにある大きな墓石の並んだ墓地は、皆木家の墓地である。」 舟塚古墳跡から、廃墟の反対側を見ると、藪の中に空間があり墓石が並んでいた。 藪を出て左へ行くと、藪の中へはいる入口が開いていた。 中へ入ると、頭部の丸い墓石が並んでいた。 倒木…

44-4 舟塚古墳跡

「堤防沿いに進み最初の道を右折、奥にある小高い岡が舟塚古墳跡である。」 右にまがり堤防沿いの道に入り、直ぐ先の細い道に入る。左は民家、右は畑である。 正面に竹や樹木のこんもりと繁ったところがあった。これが舟塚古墳と思われた。 竹薮の前に白い立…

44-3 芋っ葉地蔵

「さらにその先、土手際にある丸彫りの地蔵は、毎年九月三日の縁日はいつも雨が降り、里芋の葉を頭にのせて慌てて帰るので「芋っ葉地蔵」といわれている。」 道が入間川の堤防にぶつかり、右に曲がるところに、青い建物があり、その手前にお堂が建っていた。…

44-2 上老袋公民館・地蔵堂

「川越工業団地から川に沿って東進し、労働福祉協会、芳野台体育館を過ぎると上老袋公民館と墓地がある。」 サンライフ川越から300㍍ほど行くと、左手にイチョウの木と防災無線が見えた。 その脇の建物が上老袋公民館である。地図には上老袋自治集会所と書か…

44-1 ふたたび川越工業団地

《44》竹ぼうきの産地、老袋地区 「入間川沿いに老袋地区を歩く。 川越工業団地から川に沿って東進し、労働福祉協会、芳野台体育館を過ぎると上老袋公民館と墓地がある。」 前回のコースから工業団地に戻り、中央の大きな道路を東へ進む。 途中、左側に大…