川越雑記帳2(川越見て歩き)

川越に関する本を通じて、小江戸川越のあれこれを紹介する「川越雑記帳(川越原人のHP)」を作成しています。

2008-11-01から1ヶ月間の記事一覧

21-6 富士見橋?と鯉

「少し進み、斜め右の農道を入り、田と桑畑の中にかかる富士見橋を渡り、直進する。やがて広い通りに出る。右折しよう。約300㍍でバス亭「上野田」がある。」 権現橋から先には細い農道があり、直ぐ先に交差点らしきものが見えた。 道を進むと、また川があり…

21-5 抄道開通記念碑と権現橋

「野田神社を後に進むと、やがて四つ角。左折する。道はなだらかな下り坂となり、左へゆっくり曲がる。晴れた日、この付近からは、遠くに秩父連山を眺望できるという。」 野田神社の先の信号を左折する。下り坂を下りると、橋のガードレールが見え、その右手…

21-4 野田神社

「この隣りにあるのが野田神社である。」 入間川街道を北へ進むと、道は右にカーブし、正面に八幡太郎の山車蔵が見える。 山車蔵の手前に鳥居があり、正面に社殿が見える。 社殿の後ろと横には大きな樹木が茂っている。 石敷の参道を進むと、社殿は少し高い…

21-3 六差路から本種寺

「500㍍ほど進んだところで六差路を右折、浦和地方法務局川越支局を左手に歩く。突き当たりを右折、静寂な街並に日蓮宗覚知院本種寺がある。ロジャースの隣りにあったものを七年前にここに移築した。」 日清紡の門からだと300㍍ほどで六差路に出る。直ぐ右側…

21-2 ガスタンク・日清紡

「東上線を右手にしながら、やや前進すると左側に広大な場所を占めているのが、日清紡績㈱川越工場である。昭和12年11月に設立されたもので、主に綿布、刺しゅうレースを製造している。昭和はじめの川越には本格的な工場がほとんどなかったので、注目された…

21-1 川越駅西口から北へ

《21》川越市駅西口周辺 「今回は、野田町を中心に案内する。川越駅西口に降り、駅前の通りを右手に行く。そのまま進むと400㍍でガードをくぐるが、その手前左側西武線の小さな踏切を渡る。この付近は単線である。」 川越駅西口ロータリーの外側から駅を撮…

31-14 二基の馬頭観音

「散歩」には的場の若宮八幡神社の50㍍ほど南に、馬頭観音が二基建っていると書いてある。 八幡神社脇の道を南下したが、どこにも馬頭観音は見あたらなかった。 住宅街を探している内に、八瀬大橋の方へ行く道に出てしまい、その時は諦めた。 あとになって考…

コスモス農道

伊佐沼と市街地の間にある松郷には水田が広がっている。 その中の道を南下していると、少し先の交差点を左から右に自転車が横切った。 交差点を通過しながら、自転車の方を見ると、コスモスの花が咲いていた。 コスモスは、細い帯となってずっと先まで続いて…

所沢街道のコスモス畑

所沢街道を川越市街に向って走り、上松原の雑木林を抜けると、右側にコスモスが咲いていた。 農産物直売所があり、その隣りから街道沿いに咲いていた。まだ後方には雑木林が見えていた。 道を横断し、直売所の入口に行ってみた。 コスモスの畑が広がり、倉庫…

川越線とヒメツルソバ

古尾谷八幡神社から古谷八幡通りを北東へ進む。 川越線のガードを潜って直ぐ左を見ると、細い水路に沿ってピンクの帯があった。 水路の南側の土手にヒメツルソバが群生していた。 写真を撮り始めたとき、川越線の電車が走ってくるのが見えた。 花に近づき、…

新河岸川のヒメツルソバ

高沢橋から見立寺の方へ曲り、新河岸川沿いの道に入った。 見立寺の下辺りで川岸の柵から下を見ると、小さな花が帯状に咲いていた。 よく見ると、ヒメツルソバの花だった。 少し先の階段から河原に降りて土手を見ると、ヒメツルソバが垂れ下がっていた。 上…

26-14 石川源五右衛門の墓

墓地は南北に長く、お堂の北側は空き地だった。 石川源五右衛門の墓を探して、墓の中へ入った。 どの家の墓地もきれいに整備されていた。 「散歩」には、「将棋の盤の上に墓石をのせた格好の一風変わったものだ。」 とあるのを手がかりに、石川家の墓を探し…

26-13 砂久保共同墓地

小泉功著「川越歴史散歩」を読んでいたら、「農兵反対の一揆」のところに、石川源五右衛門は 「77歳で永眠され、砂久保地域の共同墓地に埋葬されている。」と書かれていた。 後日、その墓地を探しに行ってみた。 砂久保橋を渡り、最初の右折路に入った。 道…

26-12 砂久保橋・石橋供養塔

八雲神社から「三〇〇㍍ほど行くと「今福」の交差点だ。そこを左折するとすぐに砂久保橋がある。近くに石川源五右衛門の墓がある。将棋の盤の上に墓石をのせた格好の一風変わったものだ。」 このときは、砂久保橋が架け替え工事中で、橋の袂にある石塔がその…

33-17 子安延命地蔵

33-2安楽寺の項で、「散歩」には、次の記述があった。 「なお寺の門前には子安延命地蔵があり、この村を開いたという川田氏の子孫が江戸時代に子供の成長を祈って建立したもの。毎年八月二三日、二四日が縁日で、団子を備える習慣がある。」 この地蔵がどこ…

33-16 氷川神社

「さらに、神社から南へ五〇〇㍍ほど行くと、田んぼの中に小室の氷川神社が見えてくる。」 JAいるま野から行く場合も南下する。石碑の後ろの道を進み、次のY字路を右に進む。 T字路に出たら、直ぐ左の道に入り更に南下すると、右手に神社の樹木が見える…

33-15 二つの石碑

「散歩」には、「さらに、神社から南へ五〇〇㍍ほど行くと、田んぼの中に小室の氷川神社が見えてくる。」 と書いてあるが、先に、道順が分かりやすJAの石碑を見に行くことにした。 白山神社の前を東に進み、T字路を左折し、川を越えた先のT字路を右折す…

33-14 白山神社

「やや西川越駅寄りに白山神社がある。奉納される獅子舞が、昭和五十一年、一四年振りに小ヶ谷獅子舞保存会の手で復活され、毎年華麗な舞いを見せている。」 丸彫り地蔵の後ろを通り、道なりに行くと川越日高線に出る。 そのまま進むと、また大田街道との交…

33-13 成田山本行院跡

「この付近の北側、もと久保町成田山の本行院跡に、本体だけで三㍍もあるという大きな丸彫りの地蔵がある。小ヶ谷地区は昔から地蔵信仰の盛んな地であったと見える。」 元の道に戻ってさらに北へ進むと、右側の水路に金網のフェンスが設置されていた。 その…